不妊治療

初めての体外受精の結果、異常受精が多すぎた

生き地獄のような採卵手術を無事に終えたあとも、術後の痛みに苦しみました。そして、楽しみにしていた受精卵の状態を確認すると、予想以上に残念な結果が待っていました。

卵巣過剰刺激症候群の恐怖

採卵手術の翌日は日曜日。仕事が休みだったため家で安静にできましたが、腹痛が消えません。だんだん胸の辺りまで痛みが広がってきました。明日仕事なのに大丈夫かな…?とひたすら回復を願って寝ました。けれども、翌朝は立ち上がれないくらいの痛みがあり、会社に行きたくても体が動かせませんでした(泣)不本意ながら、また会社に電話し1日休暇申請をしました。

多嚢胞性卵巣の人がHCG注射をすると、卵巣過剰刺激症候群になりやすいということで、医師も私の卵巣の腫れを見るたび危惧していました。採卵手術の2日前の血液検査でエストラジオールの数値を計測しましたが、3000pg/mLを超えていて、院内の検査機器ではスケールオーバーで正確な値が分からず、外注で再検査に出されていました。結果、3174.2pg/mLでしたが、もっと数値が高ければ治療が中止になり体外受精自体キャンセルになっていたかもしれません。

採卵手術後は医師から緊急連絡先の電話番号を渡され、「卵巣過剰刺激症候群になる可能性はある。もしもの場合は総合病院へ行って入院してもらう。でもこの病院の患者さんで入院になった人はこれまで1人で、ほとんどは安静にしていたら治った。」と聞いていました。

この痛さは入院レベルなんだろうか?大げさと思われてもな…と思い、横になりながら、ネットで卵巣過剰刺激症候群の症状を検索しまくりました。医師に電話すると入院になってしまうので、総合病院の入院案内も調べました。入院となると下着やら色々準備も必要になり、入院費もかかって、仕事も休まなければならないと思うと、今日1日様子を見ようと思いました。徐々に胸の痛みや腹痛は引いていき、夜には明日仕事に行けそうだなと思えるほど回復しました。

病院選びの失敗?各病院には理念がある

入院は回避できましたが、丸2日も寝込んでしまい、強い誘発はもう二度と受けたくないと思いました。国内の不妊治療クリニックにはそれぞれ理念があり、1つの良い卵があればいいのだから、むやみに強い誘発をしないというクリニックもあります。特に、多嚢胞性卵巣の患者には卵巣過剰刺激症候群のリスクがあるので、私が受けた誘発方法について過剰医療だと批判的なクリニックもありました。

私が不妊治療クリニックを選ぶとき、そんな知識がなかったことと、自分が多嚢胞性卵巣であることも知らず、単に近さで決め、今さらながら病院選びを間違えたかも…と思うようになりました。よく不妊治療中に転院を考えたと聞きますが、皆さんこんなことがきっかけで転院を考えたのかな?と思いました。

もし最初から自然周期で体外受精をしたい、できるだけ負荷のない体外受精がしたいと思う方は、東京の加藤レディスクリニックや大阪の江坂のなかむらレディースクリニック、あとは夢クリニックと名前が付く病院のホームページを一度見てみて下さい。こういうクリニックがあることを不妊治療する前に知っておきたかったです。

例えば、ERA検査のようにまだ実施できる病院が限られていたり、SEET法のような特許のある技術は受けられる病院が限られているケースもあります。転院を考えるときは、自分が受けたい治療ができるのか?というところに注目したほうがいいなと感じます。今の病院でもできるなら、そのまま診てもらえばいいですし。

私は1回目の体外受精でこりごりだったため、かなり転院するか迷いましたが、やはり通える距離の病院でないと仕事との両立が厳しいため、2回目の体外受精をするかどうか考えていたとき、主治医に誘発剤を使わず完全自然周期でできないか相談してみました。すると、色々と改善策を提案して下さったので、転院は思いとどまりました。

転院を経験した方から聞いた話も書いておきます。自ら通っている病院に見切りを付けて転院する場合、「転院したいから、これまでの検査結果をまとめて下さい。」とは口が裂けても言えず、自分で持っていた採血や採卵の結果などをコピーし新しい病院に持ち込み、自らの口で説明し、まぁまぁ大変な作業だったそうです。

また、大きな病院は先生を指名できない場合もあるそうです。その点私は個人クリニックなのでずっと同じ先生に診てもらえているのは良いことだなと感じます。最初の頃は不信感を抱くこともありましたが(笑)だんだん親身になって下さっているのが分かり信頼できるようになってきました。ということで、単純に病院が大きければ良いというわけではないんですよね。いい先生が辞めて独立して開業している場合もあります。結局は通ってみないと分からないです。

体外受精の結果を聞いたら異常受精が多すぎた

体外受精の説明会では、「卵を複数採取しても、全部がうまくはいかない、採れた卵の4割がうまくいけば良い方だ。」と聞いていました。

また、採卵手術直後に培養士から「変性卵子がなく、成熟卵子4個と未熟卵子8個で、未熟卵子はこれから培養したら成熟卵子になる可能性がありますよ。」と聞いていたので、いい受精卵になって、胚盤胞として4個くらい残ればいいなと期待を持っていました。

採卵手術の翌日、遂に体外受精の結果を教えてもらえる時間がきました!ドキドキしながらクリニックに電話すると、このような体外受精の結果でした↓

正常受精卵数 4個
異常受精卵数 6個
受精しなかった卵数 1個 (培養中にビッグエッグになったそう)
未熟卵数 1個 (超未成熟卵子だったそう)
合計12個

なんと、半分が異常受精!!

培養士いわく、「受精はしているんですけどね、精子が2個とか3個入っちゃっていたんです。原因として考えられる1つは卵子の質です。通常は1個入るとそれ以上入れなくなるよう膜ができると思って下さい。卵子の質が良くないとその膜を張る力がないんです。」とのこと。

ビッグエッグは、培養中に膨張しすぎてしまった卵です。超未成熟卵子は、小さな卵胞から取り出した卵子だったようです。普通、卵胞が20mmを超えると成熟卵子が入っている可能性が高いようですが、私の採卵時、それくらい大きい卵胞は左右合わせても4~5個だったと思います。20mm未満の卵胞から取ってた未成熟卵子でも培養すれば成熟卵子になることがあるので、医師は採取できそうなものはできるだけ吸い取って下さってたんですね。この病院は8個以上の採卵になると何個になろうと採卵の値段は変わらないので。

夫婦間では、おたまじゃくし元気良すぎだったんじゃない?(笑)なんて冗談を言ってました。ふと、卵子に飛び込みたくてもそれが叶わず役目を終えた、数えきれないおたまじゃくしの気持ちになり、異常受精でも飛び込めただけ幸せなおたまじゃくしだなぁと思いました(笑)

この時点では、夫も私も「まぁ4個残ったから良かったね。」となりましたが、甲状腺のクリニックで、異常受精の多さを話すと亜鉛不足が指摘されました。詳しくは下記の記事をご参照ください。

亜鉛不足と女性不妊の関係、亜鉛不足を克服する方法は?

また、成熟卵子、未成熟卵子、変性卵子などの違いについては、下記の記事をご参照ください。

卵子には種類がある、体外受精に使える卵子と使えない卵子の違いは?

胚盤胞まで成長できるのは奇跡なのかもしれない

採卵手術から1週間後、受精卵がうまく分割して胚盤胞になっているか、クリニックに電話をして確認することになっていました。

うまくいけば、体外受精から5日間かけて、受精卵が分割を繰り返し、胚盤胞の状態になります。胚盤胞をさらに培養すれば卵の中から赤ちゃんになる部分が孵化してしまうので、胚盤胞の状態で凍結保存することになっていました。

強い誘発剤を使わず、採卵数が1個の場合であれば、採卵手術と同じ周期に胚盤胞をフレッシュなまま子宮に移植することもできますが、私は今回卵巣が腫れるような手法で行ったため、最低1カ月は子宮を休ませることになります。その間、胚盤胞には-196℃の液体窒素の中で眠ってもらいます。

で、私たちの受精卵ですが、培養士いわく「3個は胚盤胞になる手前まで膨らんでいたんですがダメになり、1個だけきれいな胚盤胞になっていたので凍結しました。」とのこと。

えー!

受精卵が4つあっても、胚盤胞まで成長するのはそんなに少ないのか…。

患者さんの中には胚盤胞がなかなかできなくて、治療が進まない人も多いと聞きました。胚盤胞になるだけでも奇跡的なことなんだなぁ…と個々の卵の成長力や、生命の神秘を感じました。改めて、自然妊娠ってすごい奇跡の連続なのだと感じます。

後日、通院すると、凍結前の培養5日目の胚盤胞の顕微鏡写真をもらえました!

日本の定義では受精から14日経たないとではないため、正確にはまだ細胞ですが、これが初めて見た我が子(になる予定の細胞)です。早速、夫と名前を付けて、○○ちゃんとか呼んでました(笑)

人の卵の状態の時の写真が残ってるってすごくないですか?これって、自然妊娠や人工受精では絶対に見れないものなので、愛おしさ100倍です!

さらに、5,000円払えば受精卵が胚盤胞になるまでの分割の様子を記録したタイムラプス映像をDVDに焼いてもらえるそうですが、「妊娠してからでも注文はできますので。」と言われ、そうだな、まだDVDもらうのは気が早いなと思い、写真で満足していました。

今思えば、この時が1番お気楽で幸せな気分だったかもしれません。まだ翌月に胚盤胞移植を経て、妊娠から流産まで一気に経験することになるとはこれっぽっちも想像していませんでしたので…。

この話の続きは下記の記事へ

初めての凍結胚盤胞移植から判定日まで

ABOUT ME
hayachan
33歳で不妊治療クリニックに通い始め、次々と予期せぬ展開へ。34歳で仕事と治療の両立が困難になり泣く泣く休職。治療費は200万円を突破し、35歳で退職。そんなリアルをお伝えします。